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    4月にリッツ入学予定

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書籍・雑誌

2017年2月 3日 (金)

英語未経験にオススメ教材の中

仕事がバタバタしていてしばらくあいてしまいました。

さてさて。

過去のエントリーにも記載していますし、例年、お知らせしていますが、英語初心者向けの教材のご紹介です(回し者ではありません)。

「中1英語をひとつひとつわかりやすく」(学研)です。




かこがまったくの英語未経験だった中学入学時、一緒に本屋に行って買った教材です。

私、自分で言うのも何なんですが、自分が学生の頃から、割と「教材チョイス力」がありまして、かこもにこも、教材を選ぶときには
「ママ、一緒に来て!」
と言うことが多いです。

流石に、もう、かこは私には英語くらいしか聞きませんが…

にこにもまだ買っていないので、近々、買いに行こうかな。


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2017年1月18日 (水)

「女子の生き様は顔に出る」河崎環

河崎環さんの初の著作「女子の生き様は顔に出る」を読みました。
この本は、プレジデントオンラインの連載をまとめたもので、連載中から反響が大きかったものです。

河崎さんは「同世代」「子ども2人のWM」。
こういった書籍の著者の方には、30代以降、キャリアを積んでから出産された方が少なくないのですが、河崎さんは「20代で初産」など、さらに私との共通点があり、興味深く読みました。
「女が嫌いだ。それと同じくらい女が好きだ」
という前書きで始まるこの本。

帯には「アラフォーの私たちは吉田羊の夢を見るか」とあり、この本の最初にその内容が掲載されています(出版社イチオシとのこと)。
「アラフォーの私たちは吉田羊になりたいのか」
という問いに、河崎さんは
「あの容姿にはなりたいけど、20歳下のジャニーズと、なんてありえない!」
という立場。その理由は、「子どもと同世代なので心理的には犯罪レベル」ということ。子持ちとして、すごくよくわかります(そして、河崎さんは逆の立場のおじさんの一部が、極端に若い人に抵抗がないことを揶揄します)。
そのうえで、吉田羊を見ていると、現代のアラフォーは、我々の母世代に比べてはるかに自由な選択を持つようになったのでは、と提言し、吉田羊に、そしてご自身を含んだアラフォーにエールを送ります。

資生堂ショックや一億総活躍時代など、ダイバーシティや女性の働き方についても述べられています。
資生堂ショックのコラムでは、
「夫婦の間で妻側が時短を取るのが当然視されるような現在の状況では、結果的に、夫の勤める企業が妻の企業のリソースを奪っている」
という指摘があり、まさにそのとおりであると感じました(夫婦間で五分五分に負担する環境ではそうはならず、女性社員が8割の資生堂では、このリソースの負担が限界に達していたという面もあるでしょう)。

まさに、同世代ゆえに悩みどころ、気になるところが重なります。

「キラキラ女子社員が年を取るとどうなる?~21世紀版『私がオバさんになっても』」」というコラムでは、「年を取ってからの居場所問題」を取り扱い、「社会から継続的な需要がある女性人材」は「男性と伍して戦うバリキャリタイプ=こわい」というタイプではなく、「可愛くて嫌われない(そして周囲からの尊重も失わない)オバさん」ではないか、と述べています。これ、一瞬、媚びているな、と思いますよね。でもしかし、実は、このカッコの中が非常に重要だと私は思うのです。「(そして周囲からの尊重も失わない)」という箇所。「可愛くて嫌われない」だけを優先すると、人との衝突、つまり、議論や思考を放棄し、単になんでもニコニコ受け入れるだけの、自分の意見のかけらもない人間になってしまう可能性があり、そういった人は決して、組織の中で、邪魔にされないけれど、尊敬・尊重はされない。そのさじ加減が難しいからこそ、悩ましいのですよね。

ほか、アマゾンの書評もおおむね好評価です。目次も書かれているので、関心のある方はぜひ。



なお、この年末年始から、同じく「カワサキ」さんである川崎貴子さんとの「働く」「育てる」対談も始まっています。

また、河崎さんはご本人も桜蔭中出身(途中で関西に転校されたようですが)で、お子さんにも中学受験をさせたそうで、中学受験のイン
タビュー
なども受けていらっしゃるようです。

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2016年12月 2日 (金)

「モテる構造ー男と女の社会学」山田昌弘

タイトルだけ見ると、「モテ」を考えるミーハーな本のように誤解されそうですが、男女という性別における「非対称性」について論じた本で、社会的規範に基づくアイデンティティの問題や、そこから生じる性差別、ジェンダーに関する問題点を提起しています。著者は「パラサイトシングル」という言葉を使い始めた社会学者・山田昌弘氏です。




男女の非対称性は、私たちの心にも自然にどこかに根差していて、その理由の説明がつきにくかったりします。

たとえば、女性がパンツを着用してもおかしいとは思われませんが、男性がスカートをはくと変な目で見られるなどの現象や、男性は「仕事ができる(デキる)」イコール「モテる」だけど、女性はそうとは限らない(むしろ敬遠されることも)、ということなどもその例であると言えます。そのほか、ケア労働が女性に適しているとされ、男性がケア労働に就くことのむずかしさ(介護などケア労働サービスの受け手は、男性も女性も、自己の性別にかかわらず「男性より女性にケアされたい」という、非対称的な気持ちを持ってしまう)もその「非対称性」のひとつです。

男性にとっては、仕事さえ頑張れば(「デキる」)イコール「モテる」ということになるため、仕事ができてお金が稼げることができれば「デキる」「モテる」が充たされ、本人のアイデンティティも充たされます。

しかし、女性にとっては「デキる」イコール「モテる」とはならず、アイデンティティを充たすためには、仕事だけではなく、「容姿」「性格」「若さ」など「性的魅力」の分野で男性を魅了しなくてはなりません。

よって、女性の場合、両方を追及しようとすると、男性の2倍、労力を遣わなくてはなりません。一方、仕事のできる男性は仕事に集中するだけで「デキる」「モテる」の一挙両得な状況ではあるため、たとえば、容姿を磨こうとか、料理をできるようにしようとか、仕事以外の努力をするインセンティブが女性ほどには働きません。そして、仕事ができない男性は「デキない」イコール「モテない」、という「二重のダメージ」を受けます。

女性の場合は、「デキる」「モテる」が一致しないゆえ、どちらか不得意であっても他方にヘッジすることができますが、男性はそういったことはできない、ということになりがちです。「デキない」男性がいくら容姿を磨いても料理を作れるようになっても、なかなか女性ほどには「モテ」に直結しません。



それをまとめると、「デキる」女性が「モテる」ためには、仕事だけでなく他の方面も力を入れなければならず両方で充たされることは本当に大変な努力が必要で、ここに「生きづらさ」を感じる人も少なくないのですが、「デキない」または「モテない」女性は、他の方面を頑張ることで、どちらかは得ることができるという利点があります。

そして男性は、「デキる」「モテる」男性と、「デキない」「モテない」男性に二極化する傾向があり、「デキない」「モテない」男性に「生きづらさ」が集中する、ということになります。男性の方が引きこもりが多いことなども、こういった点での「生きづらさ」であろう、とこの本でも述べられています。

なかなか面白かったので、関心のある方はぜひ。



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2016年10月29日 (土)

マリーアントワネット展@六本木ヒルズ

東京でマリーアントワネット展を観てきました。
六本木ヒルズの森美術館。



この展覧会に先立ち、ヴェルサイユ宮殿監修の本が出て、それを読んでいました。



「マリー・アントワネット」惣領冬実



「チェーザレ」の作者の惣領冬実先生。
ヴェルサイユ宮殿に2週間滞在し、史料や美術品をつぶさに見て調べて日仏同時発売になったマンガ作品。
マンガとはいえ、絵画を観るような気持ちに。
堕落の象徴として、あるいは気高い王妃として、大きな存在に描かれがちなアントワネットは、このように普通の素直な女性だったのかもしれません。

「マリー・アントワネットの嘘」惣領冬実/塚田有那



これは、マンガの解説本でもあります。
ルイ16世が愚鈍だったとか、アントワネットが「パンがなければならお菓子を食べれば良いじゃない」と言ったとか、誤解されて流布されている嘘を、最新の研究に基づき、正している本です。

いずれもマリーアントワネット展のショップでも販売されています。セットで読むのがオススメ。

この本では、ルイ16世が性的に不能で手術を受けたのは嘘だと書かれていましたが、音声ガイドでは手術の話があり、ちと残念。



アントワネットの絵画は、10代、20代、30代と、ふくよかになって年齢を重ねる女性の移り変わりがはっきりと描かれていました。

写真撮影OKだった箇所はこちら。



今回の展覧会の目玉は、王妃の部屋の再現なんだそうです。

会場限定のマリー。




2014/9/6のエントリーで、マリー・アントワネットの絵画に触れています。

会場限定表紙の図録です。
買っちゃった…



東京は展覧会がたくさんあるのが羨ましいなあ。

最後に森美術館からの景色。





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2016年8月12日 (金)

「大学図鑑!2017」オバタカズユキ

みなさま、お盆休みはいつからでしょうか。
わたしも今日はのんびりしています。
飛び飛びのブログ更新、サボっていてすみません。

さてさて、夏休みが始まる頃、かこが数学のチャート式を買いたいと言うので本屋に一緒に行ってきました。
かこが選んでいる間、見つけたこの本。



どれどれ、と見てみると、表現がなかなか面白くて、ザックリ掴んでるなあ、なんて思い、購入。

たとえば身近なところで北大はどう書かれているか、と言うと。



バラエティに富んではいるが、基本的に堅実で穏やかで親不孝しないタイプが揃う。

…だそうな。

では、わたしの尊敬する先輩の何人かがここの出身、京大は。



変人率の高さが伝統だったが、最近では小粒化が進んでいる。挫折を知らないキラキラした目で、明るく努力を続ける秀才たち。自由な活気は今も健在。

…とのこと。

私大の収録が多く、私自身は関東も関西も含め、私大の特色をあまり実体験として知らないので、娘たちが私大に進学する可能性が出てきたときに参考になるかな…。

ちなみに立命館大学。



かつては貧乏大学のイメージだったが、国際化を謳い文句にソフト・ハードの両面で大改革を実施し、今や最先端のイメージの大学に。でも、気骨ある学生気質も残る。

…というイメージらしい。

そして、クスリと笑ってしまったのは世間の評判。

一般的には「なんといっても関関同立だから」。「商売上手」というイメージも定着した。

…とのことで。あきんどと見られてるんですね(−_−;)

読み物として、親も楽しめますよ!








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2015年12月20日 (日)

「公立中高一貫校選び 後悔しないための20のチェックポイント」佐藤智

平成11年の制度開始以来、右肩上がりで設置数を増やした「公立中高一貫校」(平成25年現在、約450校)に関する本です。



学費の安さやユニークな教育方針、堅調な進学実績などにより、有名私立中学並みの高い人気を誇っている実態はありますが、その一方で、受検前に学校についてよく調べなかったために、子どもの性格と学校の個性の不一致による「ミスマッチ」が多く見られるようになってきたそうです。この本では、そういったミスマッチを防ぐため、公立中高一貫校選びのチェックポイントを示しています。
チェックポイントは以下の通りですが、これ、公立中高一貫だけではなく、私立の中高一貫校のチェック項目としても非常に有用です。

(1)どの種類の中高一貫か(中等教育、併設、連携)
(2)校風、育成方針と子どもの資質は合致しているか
(3)適性検査から読み取れるメッセージは確認したか
(4)進学実績は堅調か
(5)「中だるみ」対策は
(6)生徒間の学力の幅に対応した施策を行っているか
(7)大学受験や進路選択に向けたカリキュラムは充実しているか
(8)公立中高一貫ならではの強みを生かしたカリキュラムか
(9)中高教師の交流の場が設けられているか
(10)生徒の引継はスムーズに行われているか
(11)人間的な成長も視野に入れた指導が行われているか
(12)校則は、子どもを尊重した内容か。生徒指導は適切か
(13)行事は、中高一貫校ならではの良さを出せているか
(14)部活動は、中高一貫校ならではの良さを出せているか
(15)教室に冷暖房は完備されているか
(16)SSH、SGHの指定を受けているか
(17)言語活動の充実に力を注ぎ、図書館の蔵書も充実しているか
(18)グラウンド、体育館、プールなどの運動設備は充実しているか
(19)環境設備が行き届いていない部分を教師がフォローできているか
(20)公立中高一貫校の良さをあなた(親)の言葉で子どもにに話せるか

特に、生徒が適性検査で選抜される公立中高一貫校では、入学後、学力の面で生徒間に差が出てしまう可能性が私立中高一貫より高いという現実の中、その対応についてチェックすることなど、「なるほど」と思う内容でした。また、これらのチェックポイントは、私立中高一貫を目指す受験生にとっても役立つような視点でした。

その他、チェックポイントだけではなく、公立中高一貫校の例として、いくつかの学校への取材結果があります。
この書籍では、公立中高一貫のさきがけとなった全寮制の宮崎県五ヶ瀬中等教育学校(「ヤマメの連れる東大生を育てる」のキャッチコピーで有名な学校です)のほか、東京都白鴎高等学校・付属中学校、熊本県宇土中学校・宇土高校、滋賀県守山中学校・高等学校、群馬県中央中等教育学校が紹介されています。
ご参考まで。


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2015年11月26日 (木)

「他者という病」中村うさぎ

中村うさぎ氏の「他者という病」。




先日のエントリーでも少し書きましたが、特にこの本、第7章「断絶の壁を越えて」からが読ませます。
「言葉は神である」と考える、うさぎさんの書く「言葉」ひとつずつをかみしめるように読みました。

私自身も、「言葉」を大切に思っている一人です(至らない使い方も多々しますが)。
だから、うさぎさんと同じように、いい加減に使いたくない。
そして、言葉を誠実に使い、嘘偽りを述べたくないため、適当な言葉を使う人や、心にもないことを言う人が信じられません(そういう人は少なくないし、えてしてそういう人が「大人」とか言われちゃうんだな)。

第7章の
「大人」とは何なのか?
という節では、「大人」とは何かについて述べられます。
うさぎさんが「5時に夢中」を降板した件について色々感じたことでしょうが、「責任逃れ」「欺瞞」が許せない、と語ります。

<中村うさぎ「5時に夢中」降板 まとめ>

うさぎさんは「大人になる」ということを以下のように定義しています。
________________________

だが、「人を許す」という「寛容さ」と「長いものには巻かれろ」という「妥協」とは似て非なるものだと私は思う。たとえ多くの人が長いものに巻かれていても、自分だけは巻かれたくないと抵抗することは、そんなに子どもっぽいのだろうか?
「賢さ」と「狡猾さ」は違うものであるはずだ。「清濁併せ呑む」のが大人の所作であったとしても、「清」と「濁」の区別はつけておくべきであろうし、「濁」を呑む時はそのことに自覚的であり、あえて「濁」を呑んだ自分に責任を取る覚悟は必要なのではないか。
(略)
私の感覚では、自分の言動に責任を取ろうとせずに、逃げたり見え透いた言い訳でその場をしのごうとしたりする人たちこそ「大人とは言えない」ような気がするのだ。
________________________

そして、第8章の
口先コミュニケーション
という節では、同じ景色を見ているつもりでいる隣人と、まったく違う風景を見ながら、同じ体験を共有している気になっている「主観」という名の脳内世界について書き、降板騒動でかかわった人たちが、「口先だけのコミュニケーション」だけをする人々であり、「言葉を大切にしない」人たちであったことを述べています。
________________________

だが諸君、私は問いたい。言葉が自分の想いや考えを伝えるものではなく、適当に相手をごまかすためのものならば、我々は他人の言葉の何を信じればいいのか。そして、そのような口先コミュニケーションが世間一般の常識なのだとしたら、「誠実さ」とはいったい何なのか。そんなものは幻想なのか。
少なくとも私は心にもない言葉は絶対に言わないように心がけてきたし、たとえ相手にとって耳障りが悪くても(原文ママ)伝えるべきことはきちんと伝えてきたつもりである。それが「誠実さ」だと私は思っていた。だが彼ら彼女らはそんな私を「幼稚」で「無神経」な人間だと思っていたようだ。
(略)
彼らは私などより遥かに「空気の読める」人々である。だが、空気が読めるからといって、人の気持ちがわかっているわけではなさそうだ。ただ、人の気持ちをわかっているふりをして、適当に相槌を打っているだけだ。そして、決して心の中を明かさない。自分の想いを言葉にせずに、実のない言葉だけでコミュニケーションをして、それが「空気の読める大人の作法」だと思っている。
________________________

そうなんですよね、「空気を読む」という行動は、「人の気持ちを慮る」ことに基づく場合もあれば、「自分の処世術」のために行われる場合もあるということ。同じように「空気を読む」のであれば、「人の気持ちを慮る」ことに基づきたいものですが、だからと言って、正しいと思っていないことを言ったり、良くないと感じることをやりすごすのは違う気がしています。でも、

嫌われたくないので黙っている(or適当に相槌を打つ) > 嫌われる可能性があるけど自分の意思を伝える

という行動指針の人、結構いるのでビックリなんですよね。20代ならまだしも、良い年齢(とし)なのに…
こんな私の近くにいる人たちの多くは、もちろん、そんな風に言葉を使ってくれる人たち。でも、やはり、実世界にはその場をやり過ごすために軽い言葉を使う人たちが多いのも事実。あるいは、黙ったまま。意思を表明しないことで安全地帯にいようとする人もいます。それもまた、生き方なので仕方ないとは思いますが、このように文章を読むと、ついつい共感してしまいます。

タイトル通り、うさぎさんは、人間というものは、他者という鏡なしに自己を把握できないとしていますが、その「他者」とのかかわりの中の苦しさをこれでもか、と書き続けます。それはもう、こちらが痛みを感じてしまう位に。今後も、うさぎさんの書くものを読み続けたいと思います。


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2015年11月23日 (月)

お茶をしながら読書




ちょっとした隙間時間、ついついスマホをいじってしまいますが、今日はあえて、紙の本。

レビューの評価が高く、気になっていた「反応しない練習」



と、中村うさぎさんの「他者という病」。



並行して読んでいますが、今日はどちらを読もうかな。

前者は、原始仏教をベースにした、物の認識の仕方の訓練の本。後者は、キリスト教の影響を大きく受けた、うさぎさんの「蘇生」後についての本。

宗教は異なるものの、人生とは「苦しい」ものであると捉える部分、両者には共通する点も見受けられます。うさぎさんの言うところにおいて、人生は「地獄か砂漠しかない」あるいは「人を愛しては憎み、快感に打ち震えては苦悶にのたうちまわる」「天国と地獄が共存する場所」。人は生まれたときから「絶対無」である死に向かっている生き物であることを意識します。アダムとイブが、悪魔の果実を口にして自意識に覚醒して以来、人間が逃れられない「他者からの評価」。前者の本では、他人からの承認を求める「貪欲」「渇愛」としても描かれています。人間は他者なしに自己たりえないけれど、その他者との関係や他者への執着に苦しみを得ることもあるということ。

色々と考えさせられる内容です。この年齢になったからか、生や死、そして伝統的な宗教観を少しは理解できたら、と思ったりします。まだ、6分の1ずつくらいしか読んでいませんが、読了後、レビューを書けたらいいな、と思っています。


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2015年11月11日 (水)

「壊れる男たちーセクハラはなぜ繰り返されるのか」金子正臣



およそ10年前の新書ですが、この、女性活躍推進が叫ばれる2015年においても、多数の男性の意識の根本は変わらないのかな、と感じることも多く、古く感じない内容でした。セクハラの内容は非常に古典的かつ悪質ですが。

この本は、男性が書いています。

行政の相談員であった著者が実際に遭遇したセクハラ相談について列挙していますが、男性の言い分が本当に酷い。犯罪まがいなことまでしておきながら、また、相手が拒否してもなお、「それも駆け引きなんでしょ」などと言える図々しさ。相手は、圧倒的に若い社員や離婚して経済的に厳しい非正規社員だったり、加害者が完全に優位に立っているにもかかわらず、たとえば食事に誘って応じてくれたなら、仕事を餌に誘ったにもかかわらず、対等な個人として来てくれたと勘違い。年齢を経るごとに、自分は「怖い存在」「断れない相手」になっている自覚もなく、対等な男女関係を期待する…。

セクハラ事件にならずとも、根底にある女性軽視の視点、これはきっとどこの会社にもあるかもしれません。許してくれるだろうという甘え? あるいは無頓着さ? それとも、いくつになっても自分には男性的な魅力があるという自信? なんだかその自信、羨ましいくらいです(−_−;)

今は女性もセクハラ加害者になりえますし、同性間においてもセクハラは成立します。私達アラフォー女性もセクハラは無関係ではなく、自分も周りも注意して見ていかなくては、と思います。我々の子どもたちが、働く場で嫌な思いをすることが少なくなるよう、社会の意識が変わるよう、目を光らせなくては!


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2015年9月25日 (金)

「職場のLGBT読本」柳沢正和、村木真紀、後藤純一

VERY10月号で、同誌初のLGBT特集「13人に1人、クラスに2人はLGBT 自分の子どもが性的マイノリティだったら」が掲載されました。

そこでインタビューにも答えている、柳沢正和氏の著作に関心を持ち、買って読みました。

ちなみに、

L レズビアン
G ゲイ
B バイセクシュアル
T トランスジェンダー、トランスセクシュアル

を指します。




LGBTは、カミングアウトしていない人が多く、数も少ないと思われていますが、実際には13人に1人、左利きの人や「佐藤」姓の人たちと同じ程度にはいるという事実。そんなに多くの人が、自分のことを隠さなくてはならなかったり、知らずに嫌な思いをさせられたり、窮屈な生活を強いられていることにツラい気持ちになります。

たとえば、性同一性障害の人は、学校の制服に身を包むこと自体拷問でしかなく、就職活動においては、性自認が異なる性のスーツを着ることや、エントリーシートに性別を記入することなど、ただ応募するだけでも大変な苦痛に満ちているとか。そういった経験談は、本人でなければリアルにはわかりません。


私には思春期からのゲイの友人もいますが、彼らは陽気で逞しく、色々なことを乗り越えてきた人たちのように見えます。けれど、人によって感じ方は違うし、相手によって、言われて嫌なことや、されて嫌なことは違う。性別や性的指向に関わらず、個人として見ていけばおのずからわかるというのに、今の世の中ではその努力を怠って、ティピカルな思い込みで相手に嫌な思いをさせる人がそれなりに多い。

「相手が嫌なことはしない」

これ、セクハラ対策の基本中の基本。
LGBTを含めた多様性を認める社会になれば、みんなが過ごしやすくなると感じます。

自分と相手は違う人間だから、相手が嫌がっているかどうか慎重に人間関係を築く努力をしなくてはならない、と意識する社会だったなら!

みんな、今よりは少し努力も必要だし、最初は衝突もするでしょう。でも、それが当たり前なのでは。

たとえば。

男性だから当然好きだよね、と下ネタをフラれたり、性的な武勇伝を聞かされたりしない。

とか

男女間の好意や尊敬はイコール男女関係、と考えない(噂する方もそうだし、相手の好意をすぐにヘテロセクシュアルな関係に解釈する当事者も×)。

とか

オトコのくせに、オンナだてらに、と言われない。

とか。

相手を知る努力をしたくないから、今までオトコ社会は、「自分と同じ」オトコを「気安い」存在として歓迎し、「自分と違う」オンナを「メンドウ」な存在として排除してきたんですよね。それは、LGBTの方向けの対応に目を向けないナンセンスに共通しています。

あとは、なぜか、自分が嫌われるはずがない、と思い込んでいる変にポジティブなタイプも厄介なことがありますよね。自分の言動がハラスメントになりうるなど、考えもしない人…。男性の場合、モテてきた人や、嫌われた経験のない人に多かったりもする。気軽にいろんなこと、できちゃうんだろうなぁ。

こういう話をすると、
「気軽に話したり、誘ったりできないなら、恋愛もできないじゃん」
という人もいますが、相手のセクシャリティを含めて、少しずつ知ってからではダメなのか?と問いたいです。

ダイバーシティとは、属性にとらわれず、一人ひとりを個々に見ていくこと。

昭和のオトコの大多数にはわからんだろうな、と思いつつ、ページをめくる休日でした。

↓ LGBTについては、毎日小学生新聞にも取り上げられていました。




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